勉強の教科書


高校時代、勉強の仕方について真剣に考えたときに、こんな結果になりました。 友人にその結果を示すために「一太郎」で作ったものです。 あんまり為にならないかもしれませんが、ご意見など下されば嬉しいです。




勉強はいやだ!
これは、誰しもが思うことである。しかし「大学へ行く」 などと言っている人は絶対にこれではいけないのである。 なぜなら、天才ではない限り勉強をしないと大学には入れないからである。 だが人間という生き物は、少しでも楽な道を選びたくなるのである。 だから今までの考え方を少し考え直して、 楽な勉強法を探してみるのもいいと思う。



テストの点数
テストが終わればたいてい1週間くらいのうちに答案が返ってくる。 返ってくれば、友達と競い合いをするものだが、 その中の一人の点数がやけにいい。これはどういうことか?わからない。 彼に聞いてみるとそんなに勉強はしていないと言いおった。 別に好きな科目でもないのになぜこんなに点数がとれるのだろうか? これは勉強の仕方らしい。



勉強は書け!
こう言う先生はよくいる。 でも前述の彼は「書いて勉強はしない」とも言った。 勉強は書くことばかりじゃないと言うことがこれでわかった。 逆に言えば、書かなくても勉強は出来るという事になるはず。 勉強の仕方は、それぞれの人によって違うはずだ (するかしないかは別として)。だから最初に書いたように、 楽でもいいから、自分にあった勉強法を探すべきである。



テスト前の勉強
本来テスト前にはいやでも勉強をしなくてはならない。 しなければ点数が悪くなるからだ。 勉強をしない奴がした奴の点数を見て「おまえ出来るなー」 というのはおかしい。した奴から見れば「おまえはしてないだけ」 と思うだろう。そうなのである。 日本のテストは暗記力を見るだけなのであるから勉強、 いや暗記すればいいのである。たったそれだけのことである。 ためしに今度のテストで、その暗記をしてみればいい。 テスト前の授業で、たいていテストに出るところを教えてくれるから、 その授業だけでも(せめて)やってみるといい。 そうすれば点数もかなりとれるはず。これを実際にした奴がいて、 テスト好きになった奴もいるんだよ。



好きな教科とできる教科
たいてい好きな教科というのは無いものである。もしあったとしても、 好きな教科=できる教科とは必ずしもならないものである。という事は、 できない教科=嫌いな教科と、 言うこともそうとは言えないのではないかと思う。 嫌いな教科ばかりなら、(できるかできないかは別として) 好きな教科を作るべきである。好きな教科なら、 嫌いな教科よりは勉強をするだろう。 勉強をするという事は自然にでも学力が上がり、 学力が上がれば好きな教科=できる教科ということになるだろう。 そうすれば自信が出てきて嫌いな教科もなくなると思う。 嘘だと思うなら実際にやってみるといい。



毎日新聞を!(新聞の意義)
大学入試は新聞から出ることが多いとよくいわれるが、 これは実際のことである。実際にそうなら読めばいいではないかと思う。 普通の人は新聞を読むということは、テレビ欄を見ることだと勘違いしている人が多い。 ここでいう新聞を読むということは、 テレビ欄を見ることではなく政治や社会面を見ることなのである。 そもそもテレビ欄というのは新聞にしてみれば、 ただのおまけにすぎないのである。 そんなにテレビについて知りたいのだったら、 近くの書店で売っているテレビの雑誌を買ってくればいいだろ!? 君らが新聞を読まないのは関心が無いのほかに、 難しいからというのがあるのかもしれない。 でも関心がないことと難しいことというのは、 以外にも密接な関係があるのである。 中学3年の時に社会科で公民について勉強をしたと思う。その中のある人は、 その勉強をするまでは新聞なんて見向きもしなかったのに、 公民で政治のことについてやったら新聞の内容がわかるようになった。 と言っていた。だから新聞を読むようになったのらしい。 これを言い換えると、内容がわからなかったから、見なかったという事になる。 用はさっき言ったことと同じである。





どうでしたか?ふ〜ん。こんな考えもあるのか?と思っていただければ光栄です。





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